ライフスタイル

台風後の緊迫の成田空港に宿泊

ワシントンD.C.へ行ってきました。
学生時代以来の米国旅行で20年ぶりの米国です。
海外旅行も久々で、パスポートの期限が切れてそのまま放置されていたくらいです。

目的は参加している合唱団の合唱公演のためでしたが、公演も含めて米国という国をしっかりと堪能させてもらいました。

空港周辺のホテルが浸水

出国予定の日は午前11時のフライト予定でした。子供連れの私は念のために成田空港周辺のホテルで前泊をすることにしていました。
さらにその日は台風が接近中。
台風が近づく中を成田空港まで移動。天候も穏やかで問題なく成田空港まで成田エクスプレスで移動し、空港からはホテルのリムジンバスでの移動でした。

前泊でホテルを抑えておいて良かった。と安心した気持ちで次の日のフライトに備えることができました。
というのも、皆さんもニュースでご存知の通り、台風の影響によって成田空港へのアクセスが遮断。
実際、ツアー旅行では無いものの同じ便で20名以上の仲間と一緒に成田空港からワシントンのフライトに登場予定でしたが、当日に成田に直接来る予定だった人の大半は来られず。
来られたとしても重いトランクを持って、駅を歩き回り、タクシーの列に数時間並ぶ。という状況だったようです。

私の場合は、

成田空港周辺のホテルに前泊ができていたものの、台風の通過をもろに受けた成田では深夜から風と雨が強烈に。
深夜の4時くらいからでしょうか。あまりにも雨が激しいので寝付けずに窓を見てみると「ぴちゃぴちゃ」と音がしています。

台風で浸水するホテル
台風でホテルの部屋に浸水

非常に分かりにくい写真で申し訳ないのですが、成田空港周辺のホテルというだけあって、部屋の窓は「2重窓」しかも、開閉することができないタイプの窓だったのですが、窓枠の上部から激しく雨が吹き込んできて、部屋の半分ほどが水浸しになりました。

タオルを窓際に置くも間に合わず、窓際に置いていた子供たちの荷物はびしょ濡れ。
急いで荷物を窓から離して、濡れないように備えるのが精一杯でした。

無事に成田空港に到着

そんなホテルでの一大事もありましたが、台風が過ぎ去った後の午前中は風も穏やかになり始め、空港へのリムジンバスも通常運行していましたので、時間通りに成田空港へ到着することができました。

台風一過の成田空港は「ガラガラ」。
免税店や飲食店もほとんど閉まっていました。
朝早いから営業時間前なのかな?と最初は思っていたのですが、どうやら様子が違っていました。

チェックインカウンターも空いていて、手荷物検査のゲートも非常にスムーズに通ることができましたので、フライト予定時刻には十分余裕を持って搭乗口に到着することができました。

フライトはいつまでも「定刻」予定

搭乗口に予定通りにたどり着いた私たちですが、搭乗時間になってもなかなか案内がありません。
しかし、搭乗口での表示はずっと「定刻」のまま。

午前11時のフライト予定でしたが、お昼を過ぎても案内が無くついには、
「エコノミークラスの方は搭乗券と引き換えに1,000円分のお食事券(ミールクーポン)としてご利用いただけます。」
という案内が始まりました。

お昼ご飯を食べて、子供たちはみんなで「UNO」を楽しみ、スマートフォンのゲームで競い合う。

成田空港でUNO

時間はむなしく過ぎ去り「次の案内は14時頃です」と言われながらも、案内はなく。
どんどんと先延ばしにされて夕刻には

フライトはついに「欠航」

本日のフライトは「欠航」のアナウンスが流れます。
ここからが本当の意味での試練。でした。

当日の様子は一緒に参加していた友人がYouTube動画を作っていましたのでシェアさせてもらいます。

欠航の理由は「乗務員」がいない

搭乗口の窓から見える外の天気は穏やか。晴れ間さえ見え隠れる天気でした。
他の航空会社の飛行機もどんどんと飛び立っていましたので、当然ながら私たちの飛行機も飛ぶものと思っていました。
搭乗口での案内も、出発することを前提に案内されていたような雰囲気がありました。
ところが、結果的には「欠航」。

原因は「乗務員が来ていない」ということでした。

わたしは、「成田空港に時間通りに着き、飛行機があり、天候が良ければ飛ぶ」と思っていました。ところが、飛行機を運転するパイロット、サービスを提供する客室乗務員がいなければ飛行機は飛ぶことができない。
という当たり前の事実を痛感することになりました。

成田空港で配布される寝袋・水・クラッカー

ワシントン行きのフライトが欠航となり、最終的に搭乗口から案内を受けて成田空港で日本に「再入国手続き」が終わったのが夜中の23時頃でした。

周辺のホテルには当然ながら空きはなく、成田空港から少し離れたホテルには空きがあったようでしたが「成田空港から脱出する手段」が既に無くなっていたのです。

さらには、コンビニ、売店、飲食店は既にクローズ。
23時という時間帯でのクローズもありましたが、従業員さんたちが成田空港までたどり着くことができずにお店を開けられなかったというパターンも多かったようです。

成田空港の発券カウンター付近で場所を確保し、「どうやって寝るモノか・・・」と思案してい時にアナウンスが流れました。

「成田空港から寝袋、水、クラッカー」を配布いたします。

非常にありがたいオファーだったのですが、受取までには非常に長い行列ができ、深夜に並び始めて横になるまでかなりの時間を要しました。

後から、ネットのニュースで状況を知った次第です。

陸の孤島と化した成田空港。脱出の術なし、空からは大量の乗客

危機を体験することで得られる人間関係

今回は個人や家族の旅行ではなく、グループでワシントンへ向かうという目的がありました。
私は、既に現地入りしている友人の子供2人と私の子供を連れて行くのが使命(任務)でありました。

自分自身は子供たち3人をしっかりと守り通し、少しでも元気に過ごしてもらわなければならない。という使命感と緊張感。
そして、本来の目的であるワシントンへ合唱の公演に行くのだというコミットを強く持ち続けることで、想像を超える現実が実現しました。

そして何よりも、空港の床で寝袋で寝るという体験を通して、一緒に行った子供たちは友情を超える関係性を築き始めたように感じました。

私たち大人も、苦難を乗り越えて合唱の公演に向かったことで、結束力が高まり、本来の目的をにより近づいた形で合唱公演の本番に望めたように思います。

諦めずに目的地の一歩手前まで持って行く

世の中には、生きていく上では「どうしようもないこと」は必ず存在しているのではないでしょうか。
そんな中でも、実現したいことはあった時、強いコミットと同時に必要なものがあることに今回は気づかされました。

それは、諦めないことと、自分ではコントロールできないギリギリの部分の最後の一歩手前まで状況を持って行く。

ということでした。