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ドラマ「同期のサクラ」の生き方

同期のサクラ

ブログのタイトルを「本当の自分で生きる」自分にウソをつかない生き方と設定したときに、自分にウソをつかないというのは、簡単なようで非常に難しいことだなと思いました。

ただ、単純に目指したい生き方だなと思います。

ドラマ「同期のサクラ」

いま、ブログを書いている時点では、まだ第一話しか放映されていないのですが、自分にウソをつかない生き方と書いた時に思い浮かんだのが、ドラマ「同期のサクラ」でした。

正直、ドラマとして一般受けするのか?人気がでるのか?という点では微妙な印象です。
というのも、ある意味では正解に対して「直球過ぎる」という一面が感じられるからです。

ここまで直球で勝負されると「良いと分かっていても受け入れられない」という拒否反応が出てきてしまいます。

直球勝負

自分にウソをつかない難しさ

「自分にウソをつかない」というのは、とてつもなく簡単なことです。

自分の内面で出てきたものをそのまま外に出す。また、自分の内側で感じ取る。というだけのことです。

ところがここに他人、社会、コミュニティといった自分以外の人が登場したときには途端に難しくなってしまうという特長を持っています。

小さなことでも、相手が存在することによって自分に対して小さなウソをついてしまうことは多々あります。

例えば、今はやりたくない。という本心には気づいていたとしても。
周りの目や気配、言動を感じ取って「いまやらないとマズイ、嫌われる」というように、勝手な意味づけを自分で付けてしまうのです。

自分に正直であることと他人との関わり

自分に正直であること。
そんな自分をそのまま外に出す。関わる他人に対して出すことは非常にリスクを伴うような印象を私たちは抱いています。

今までの時代は、社会的な観念の強さや慣習によって正直な自分を出すことは憚られ、抑えつけられてきました。

しかし、「そうではないんだよ」

ということを気づかせてくれるドラマが「同期のサクラ」にはあるのではないかなと思います。

気付くことの痛みを見たくない

ドラマを通して、本当の自分で生きていいということを教えてはくれますが、最初にも書いたように直球で来られると人は避けてしまいます。

本当の自分自身で生きていい。という発見を自分自身でしてしまうことに恐れを感じているのではないでしょうか。

わたしも第一話だけでしたが、観ていて恐い部分もありました。

それは、自分が見ることができていなかった自分自身のが懸命に隠していた部分を曝け出されてしまうように感じたかもしれません。