こんにちは。ヨネイカンです。
いつもご覧になっていただきありがとうございます。
今日はふと思ったことを書いてみたいと思います。
それは
自分がやり切ったと思えるところまでやっているのかということ。
これまでの経験の中で、十分にやり切る事ができなくて、後悔したような経験はないでしょうか?
やりきれなかった経験
私の中でやり切れなかった経験として一番に思い出されるのは、学生時代のことです。
いろんなことでやりきれなかったり、途中で諦めてしまったことがあったなと思います。
最初に思い出されるのは体育の授業。
グランドを4周走る800メートル走でした。
3周目までは自分のペースで走ります。そして、最後の1周。
ラストスパートをかけて自分の限界を出し切ってゴール!
といきたいところですが、実際には途中で気持ちが折れてしまい、結局は諦めて途中でペースダウンしてしまったことが何度もありました。
部活動でも同じようなことがありました。
2年目、3年目とある程度慣れてくると「自分はここまでしかできない」と決めこんでしまって、それ以上先に進もうとすることを、自分から諦めてしまったように思います。
どんどんと上達し、うまくなっていく周りの部員たちを見ながら「やっぱり自分はできないんだ」と諦めてしまっていたのです。
結果的には やり切れなかった自分に対する後悔の思いが強く残ります。
その思いがトラウマとなって、社会人になっても「どうせ自分はできないんだ」といった強い思い込みが根強く残り、潜在的に影響を与えていました。
できる経験を増やしていく
大切なのは、「自分にはできるんだ」というような経験を少しずつやったとしても増やしていくことではないかなと思っています。
難しいこと、できそうもないこと、ハードルが高いことを頑張って達成するのもちろん大切なことです。
それが達成できた時の喜び、嬉しさは格別なものがあるでしょう。
しかし、一方でそういった難しいことができなかった時の絶望感や悲しみ、自己否定感も強いものがあるでしょう。
そこでお勧めしたいのは、まずはできることからやってみる。
そして、できた事実を自分の中で確実に認めていくということです。
「できた」を認めない習慣
ここで大きな問題として立ちはだかってくるのが「できたことを自分の中で認めない習慣」が出来上がってしまっている場合です。
- できて当たり前
- できることは普通
- できて当然でしょ
このように思ってしまうと、できたと言う事実が特別なことではなく当たり前になってしまい、自分の中では認められないといったことが起こってしまいます。
この現象が起こる要因の1つには「承認欲求」が要因となっている場合があります。
誰かに認めてもらえたらOK。
誰かに認めてもらえなかったらダメ。
といったように、他の人に認めてもらえないと「できた」ことにならないのです。
自分が認められたらそれでいい
そこで大切にしたいのは、自分で自分のことを認められたらそれで良いと言う考え方です。
誰かに認められることを求めるのではなく、自分が自分に対してオッケーを出せたのであれば、それだけで自分のことを認めてしまうようにするのです。
実は、
誰かに承認を求めたとしても、最終的には自分が満足し、納得がいくような承認が得られる事はほとんどありません。
むしろ、承認を求めれば求めるほどに、自分が求める承認はそこにない、まさに泥沼の世界なのです。
やり切ったと思える地点は?
話を戻しましょう。
自分がやり切ったと思える地点までやり切るとはどういうことなのでしょうか?
答えは簡単です。
それは、自分がやり切ったと思える地点になります。
この地点には他人の考えや意見、承認は一切関係がなく、関与することがありません。
誰かがよくやったねとか、やり切ったねと言ってくれたとしても関係がないのです。
その地点が自分自身にとっての「やりきった到達地点」でなければ、当然ながらやり切った感にはつながらないからです。
いかに自分の中で納得ができる地点まで到達するのかが大切になってきます。
やり切る習慣が必要
この自分自身にとっての「やりきった到達地点」を見つけるためには慣れが必要です。
普段からご自身の中で「やり切った感覚を感じる能力」が必要になるのです。
普段からやり切った感覚を自分の中で感じていなければ、実際にやり切ったとしても、やり切ったと思えることができないからです。
一方で、普段から「今日1日やり切ったな」というように思える日があったのであれば、実際に何かを達成した時もきっと「やり切ったな」と思えるのです。
日常的にやり切ろう
結論としてはとてもシンプルなことかもしれません。
とにかく毎日を「やり切る」のです。
そして、そのような毎日を実践し、積み重ねていくことが大切だということです。
今日1日を振り返ってみて、あなたはやり切ったと思える1日を過ごすことができたでしょうか?
もしやり切れてないと感じたのであれば、明日はやり切ったと思える1日を過ごしてみましょう。
あなたの中で、やり切ったと感じるためには何が足りないのか?何が不足しているのか?何をすればやり切ったと思えたのか?
考えてみるのです。そして、その考えを実行することで、1日1日がより充実したものに変わっていくのではないでしょうか。